人生初の酛(酒母)づくりに挑戦。「超自然派」コラボ酒・誕生の裏側。
2021年は「武者修業」に明け暮れた一年だった。
実家である「松本酒造」を去ることになり、「一緒に酒造りをしよう」と手を差し伸べてくださったのが、熊本「花の香酒造」、滋賀「冨田酒造」、福岡「白糸酒造」、栃木「仙禽(せんきん)」、秋田「新政酒造」の皆さん。
各蔵では僕が今できる精一杯の力を注ぎ、貢献したい。僕にとっての酒造りの「武者修業」が始まったんだけれど、もしかして最も過酷だったのが栃木の酒蔵「仙禽」での時間だったかもしれない……。

栃木・さくら市にある「仙禽」。11代目、薄井一樹さんとの出会いは2年前。ソムリエなど酒のプロたちと見学に伺った時のこと。以前から、仙禽のお酒は飲んでいて「いい意味で異色テイストの蔵だな」という印象が、年々強まり。
それは、一樹さんが、蔵を継がれた2007年あたりからでしょうか。


一樹さんが跡を継ぎ、掲げられたのが「ドメーヌ化」でした。
ドメーヌとは、ワイン用語で栽培・醸造・瓶詰を一貫して行う生産者のこと。日本酒に置き換えるならば、同じ土壌、気候、風土(テロワール)の、地下水と米を用いた酒造りを指すのでしょう。これは、ワインの世界で活躍されてきた、一樹さんならではのイノベーション。
それでいて、江戸時代に生まれた「生酛造り」という、原点回帰の酒造りを行なっているのだから。「古くて新しいものづくり」とはまさに、仙禽のこと。
いやはや……僕が経験したことのない、酒造りが待ち構えていました。

苦行を乗り越え誕生した、優しさ広がる無二の味。

薄井一樹(以下、一樹):
僕は日出彦とのコラボ酒を造るにあたり、こんな意図があったんだよね。5蔵を巡るなか、ウチでの修業が一番印象深かったって感じて欲しい。そして“武者修業”と言うからには、名醸造家・松本日出彦をコテンパンにしてやろうと(笑)。だから、あえて酒造りのスタイルを選ばせなかった。


松本日出彦(以下、松本):
「よりによって、なぜ僕がオーガニック・ナチュールを? 酵母無添加ですよね?」って、目がテンに(笑)。なぜなら速醸系に慣れ親しんでいた僕にとって「生酛造り」はノータッチの世界だったから……。

一樹:
日出彦が造る「仙禽 オーガニック・ナチュール」を味わってみたかったんだよね。
松本:
有無も言わせてもらえないお題だから、これはきっと面白いことになるなと。だけど、初めて経験する「もと摺り」はぶっちゃけ苦行そのもの。鬼のような硬さの蒸し米を、手作業で潰していくんだから。
一樹:
酒米は、米の祖先とも呼ばれるオーガニック農法の古代米「亀ノ尾」に特化。精米歩合は90%だから、そりゃ硬いよ。「一番摺り(すり)」から1回約30分、「六番摺り」まで行うなか、蔵人が交代で摺り続ける。
松本:
僕は「三番摺り」から参加しましたが、それでも、腕の筋肉が悲鳴を上げ続けました。だけど、田んぼに初めて足を浸けたときみたいに、肌で感じるものがありましたね。その後は、杜氏の真人さん(一樹さんの弟)と毎日、遠隔で密にやり取りさせていただき……。

薄井真人(以下、真人):
私自身、ヒデさんがやりたいようにやっていただくのが理想でした。逆に、ヒデさんが持っておられるノウハウを、ミリ単位で盗めるところは盗みたい、そんな思いもありましたから(笑)。
松本:
真人さんは、僕の要望を踏まえたうえで次のアクションへと進んでくれて、ありがたかったです。酒造りをしていると、30日の発酵期間中に、要所要所で押さえるべきポイントはある。だけど、今まで向き合ったことがない野生酵母は、予想だにしない動きをするから、ある種の気苦労はありましたよ。
一樹:
気疲れしていたんだ……?(笑)
松本:
実家の蔵でやっていた時と同じ感覚ですよ。米の洗いから、瓶詰めまで、スムーズに事が運ぶってのは最低限。そこは取りこぼしなく、しかもピントを定めていかないと、いい酒はできない。
今回、仙禽さんで体感させていただいたのは、初めての生酛であり酵母無添加、かつ古代米の精米歩合90%。それを真人さんと遠隔で……。米に対するケアが、予想していた範疇の発酵に繋がると、やりがいを感じたし、やっぱり楽しいですよね。
真人:
そう言っていただけて私も嬉しいです。ヤブタ(自動圧搾濾過機)から搾られたばかりのお酒は、優しさと丸みがありましたね。ヒデさんらしさ、出ていましたよ。
一樹:
いつものオーガニック・ナチュールの搾りたては、もっとガチガチした印象なんだけど……。
真人:
ヒデさんは優しい男ですから(笑)
松本:
えっ、僕の優しさが出ちゃった……?(3人で爆笑)

〜松本オーガニックナチュールの誕生。そこには自然体の日出彦がいた。〜

「仙禽」のお膝元ならではの、ローカルな逸品。

一樹:
さてこれが、火入れをして1ヶ月置いた、コラボ酒ですよ。早速、乾杯しようよ。

一樹:
ヒデらしい味だね……。
真人:
いいですね。ヒデさんが生かしたいっと言っていた「柔らかさ、旨み、酸味」がきっちり出ていますよ。
松本:
いやぁ、ホントに。もっと仙禽さんのスタイルに引っ張られると思っていたけれど、柔らかな味わいの中に、「薄旨」なニュアンスも出ている。
一樹:
せっかくだから、ちょっとローカルな名物を用意しておいたよ。
松本:
今夜「も」飲み明かす気マンマンでしょ?(笑)
一樹:
当たり前だよ。ヒデとは酒にまつわる話が尽きないからね。用意した肴は、僕の同級生、というか悪友が営む「荒川養殖漁業生産組合」のヤシオマスと鮎の逸品です。

松本:
ヤシオマスって!? 聞き慣れない魚ですね。
一樹:
栃木にしか存在しない、ニジマスの改良種。マスってフニャって柔らかくって、脂っぽいイメージもあるけれど、このヤシオマスは全く違う! むっちりとした独特の食感で、食べ応えはあるものの、後味の軽やかさが素晴らしいの。

ヒデ:
ホントだ……。芯のある旨みを感じながら、軽快に終わっていく。コラボ酒「仙禽×松本日出彦 オーガニック・ナチュール」も、尻がふわっと軽いから、トーンが似ていてバランスいいじゃないですか。しかも、ほんのり広がる燻香もお酒を進ませますね。

一樹:
次は「子持ち鮎 甘露煮」を。これもコラボ酒に合うと思うんだけどな〜。
ヒデ:
(ヒデさん頰張り……)すんごい子持ち! お腹にビッチリ、卵が詰まっていますよ。しかも甘露煮によくあるくどい甘さが一切ない! すっきりとした甘みを感じるし、僕たちのコラボ酒の米本来の甘みとも、相性がめちゃくちゃいいっすね。
一樹:
「ヤシオマスの燻製」や「子持ち鮎 甘露煮」を、僕たちのコラボ酒と一緒に丸っとセットにするのはどう?
ヒデ:
めっちゃいいじゃないですか!「仙禽×松本日出彦 オーガニック・ナチュール」と一緒に、仙禽のお膝元・さくら市ならではの郷土の味を。GOOD EAT CLUBの読者へ、日本酒好きの皆さんへ、お届けできるとは嬉しいですね。味はもちろんですが、相性も保証付きですよ。
さて、僕たちの宴は始まったばかり。まだまだ飲みますよ!(結局、朝まで……)


人生初「生酛造り」という感慨深いコラボ酒です。味わいに厚みを感じつつ、キレイな酸、そして薄旨なニュアンスも。「仙禽」のお膝元・栃木さくら市ならではの名物もセットに。酒との相性の良さは僕の保証付き。