みんながケーキを食べているなか、ひとりだけ食べられないのは寂しい

東京・広尾に店を構えるヴィーガン・スイーツ専門店『hal okada vegan sweets lab』は、本当においしいヴィーガン・スイーツを扱うお店として、いま注目を集めている。
店主であるヴィーガン・パティシエの岡田春生さんは、長年、洋菓子界のパティシエとして経験を積んできた。転機となったのは、ホテル勤務時代、ある親子からのこんな問い合わせだった。
「卵と牛乳を使わずにバースデーケーキを作れませんか?」
その年は、なぜかアレルギーに対応したケーキの依頼が多かったそう。しかし、洋菓子づくりにおいて卵・牛乳は欠かせない材料であるし、アレルギー対応のケーキは命に関わるため安易に受けてはいけないという職場の方針もあり、ほとんどの依頼を断っていた。
ところが、岡田さんはこの親子からの依頼を断ることができなかった。それは、アレルギーを持つ人たちの置かれた状況を、少しずつ理解し始めていたから。
「当時、ウェディングケーキなどを担当することが多かったんです。新郎新婦の入刀のあと会場にケーキを出すとき、食物アレルギーの方の分だけはシャーベットやゼリーなど、卵や牛乳が入っていないデザートを代替えして提供していました。食物アレルギーのある方は、みんなが同じものを食べているときでも、自分だけ違うものを食べなきゃいけない。日常の中にそんなシーンがたくさんあるのだとしたら、それは寂しいんじゃないかなと思ったんです」

もちろん、依頼を受けるのは簡単ではなかった。岡田さんは反対する職場と何度も交渉を重ね、ついに了承を得た。
「一度でいいからホールケーキを食べてみたい」と願う子どもの夢を叶えたい一心で、岡田さんは本当に、卵も牛乳も使わないケーキをつくりあげた。
「ケーキ屋って人を喜ばせる仕事だとは思っていましたが、自分のつくったケーキで涙を流すほど喜んで感謝されたのは初めてでした。今まで気づいていなかっただけで、同じような境遇の人は世の中にたくさんいる。そのとき、パティシエという一人の技術者として、自分にできることがもっとあるのではないかと感じたんです」
実現したいのは、すべての人が同じものを食べて「おいしい」と言える世界
岡田さんがつくるケーキは、始まりこそ食物アレルギーを持つ子どものためにつくられたものであったが、「動物性食品を使っていない」ことから、今ではベジタリアンやヴィーガンの方からも絶大な人気を誇る。
従来のヴィーガン・スイーツのイメージとは違い、『hal okada vegan sweets lab』のケーキは、「従来のケーキと遜色ない、もしくはそれ以上においしい」ことで知られている。その理由は、岡田さんのお菓子作りの姿勢にあった。
「僕が実現したいのは、すべての人が同じものを食べて『おいしい』と言える世界なんです。家族の中で一人だけ食べられないとか、アレルギーを持っている人に合わせたから味をがまんしなきゃいけないとか、そういった食の壁を壊していきたい。卵・牛乳が入っていないなんて気づかないレベルで、誰もがおいしいと感じるケーキをつくることができれば、『食のボーダレス』を叶えられるんじゃないかなと思って」

岡田さんのケーキを支えるのは、自らを「変態的」と称するほど突き詰めて考えてきたお菓子づくりの理論。
それを岡田さんは「お菓子を科学する」と表現する。材料に対して、何を合わせるとどんな性質変化が起きるのか。ケーキづくりにおける材料の役割をひたすらに研究する。卵に生地を膨らませる性質があるのなら、別のものでも膨らませられないか探していく。そうやって、洋菓子とは違う、まったく新しいケーキの作り方を模索していったのだ。
お店にはアレルギーやヴィーガンの方だけでなく、健康志向の方や、「このお店の味が好きだから」と通ってくれる方もいる。厳しい体調管理をするアスリートの方々をはじめ、小麦粉を使用していないこともあり、グルテンフリーを求めていたヘルシー志向の方からの支持も厚い。
食の壁を壊せている確かな手ごたえを感じつつも、「食のボーダレス」を実現するため、岡田さんはケーキづくりへの探求を止めない。
「優しい味」からの脱却。素材の味をハッキリと主張させた3種のロールケーキ
そんな『hal okada vegan sweets lab』がつくる「本当においしいヴィーガン・スイーツ」がこちら。
まずは、ロールケーキ。

卵・牛乳を使わないスポンジケーキは世の中に少しずつ増えてきたが、中でもロールケーキを作るのは至難の技だという。なぜなら、「スポンジを曲げる」という工程が必要になるから。卵・牛乳を使用しないと、どうしてもスポンジが固く重くなりがちなので、曲げようとするとバキっと割れてしまうのだ。
このロールケーキは、スポンジを柔らかくする方法や、焼き上げてから巻き始める時間帯などを研究し続けてやっと実現した岡田さんの自信作。
味は、チョコレートと抹茶とモンブランの3種類。
「今回、おいしさを追求するために、かなりハッキリとした味付けを意識しました。味付けに関しては、子供が食べて『おいしい』と言ってくれるかをいつも考えて開発しています。子供の舌は嘘をつきません。それに、ケーキって夢のある世界だから、まず子供たちに夢を与えたいんです」
チョコレート味は、洋菓子にありがちな「ココア味」ではなく、カカオの風味をしっかりと感じられる味付けに。抹茶味は、ロールケーキの中にわらび餅と、小豆の代わりに鹿の子豆を入れ、仕上げに濃い抹茶クリームを上にあしらう。モンブラン味は、ロールケーキの中にマロンペーストと渋皮栗を入れることで栗の味を存分に楽しめるようにするなど、それぞれ特徴的なつくりとなっている。
賛否両論を覚悟した、豆乳カスタードがベースの新型ヴィーガンチーズケーキ
「最も試行錯誤した」と岡田さんが声を上げるのが、賛否両論があって構わない気持ちで作ったというチーズケーキだ。

「もともと、チーズケーキを作ることは、僕の中で封印していたんです。ヴィーガンやベジタリアン向けのお店で働いていたときには、よく豆腐ベースのチーズケーキを出していたのですが、個人的に納得いく味を作れなくて、とにかく自信がありませんでした」
だから、今回の新作をつくるときには、世の中で売れているチーズケーキを徹底的にリサーチして、売れそうなチーズケーキに寄せた味を最初に真似て作ってみた。しかし、そのケーキを食べたときに「類似しているだけで個性が出せていない」と気付いたのそうだ。
「『一般市場で通用する味か』ということばかりに視線が向いて、新しいケーキの世界をつくるという目的が置き去りにされていた。こんなんじゃダメだって思い直して、試作レシピを全部捨てて、食べてくれるお客様の顔を思い浮かべながらイチから個性あるレシピをつくり直しました(笑)」

特徴は、豆乳カスタードを使っているところ。豆乳をベースにいろいろ調合を重ねたことで、通常の洋菓子パティシエ時代に作っていたものと限りなく近いクリームをつくりあげた。そこから、豆腐と味噌を合わせたときにチーズのようになる味の化学変化を利用したりと、さまざまなエッセンスを加えることで完成させた新型のヴィーガン・チーズケーキである。
洋菓子パティシエ時代から数百種類にも及ぶチーズケーキを作ってきた岡田さん。今まで持っていた調合の固定観念を手放し、自分が「この味で勝負したい!」という味を追求した。このケーキは、岡田さんの挑戦だ。
「おいしいと思う人もいるし、私は好まないという人もいるかもしれない。いろんな人に食べてもらって、さまざまな意見を取り入れながら、これからもアップデートしていきたいです」
決して妥協せずに「本当においしい」を追求するその姿からは、職人としてのプライド、そして満たされることのない好奇心を感じる。
職人としてのブレないその姿勢こそが、『hal okada vegan sweets lab』のファンが増え続けている理由なのだろう。

これがヴィーガン&グルテンフリー?カカオと豆乳を合わせたチョコホイップ、ガナッシュ、ココア風味の米粉生地が口の中でとろけます。卵も牛乳も不使用なのにここまで濃厚なチョコレート・スイーツは、他にない逸品です。