
愛すべき「肉の変態」との出会い
2014年、滋賀の精肉店「サカエヤ」の新保吉伸さんと出会いました。
知り合ってからというもの、肉に関わる様々なことを教わり、さらに新保さんが手当てをした、肉に出会い、食べることができました。

その結果、どうなったでしょう。
実に困ったことになったのです。肉に対する価値観が激変し、昨日までおいしいと信じていたものが、そうではなくなり、知れば知るほど、おいしく思う肉が少なくなっていくという、困った状態になってきたのです。
それは僕だけではありません。「サカエヤ」の肉を買ったお客さんも、レストランで新保さんの肉を食べた人も、それを調理した料理人も、同様の経験をしていったのです。

なぜ、新保さんの肉は、他とは違うのか?
例えばレストランに卸す場合、あのシェフの仕事なら肉の水分量はこうで、これくらい熟成させて渡そうと、各料理人に合わせて肉の状態を整えています。こんな精肉屋は他に知りません。変態です。愛すべき変態です。
我々は今まで、おいしい肉とは生産者が生み出すものだ、と思っていました。しかし、それぞれの肉を最上の状態に手当てして出荷する精肉屋の仕事が、いかに大切かを学んだわけです。

肉の美味しさを引き出すには、肉を保存し、手当てをする仕事が絶対不可欠だと教えられたわけです。
もっとも同様の仕事をされている肉屋さんは、「サカエヤ」以外に知りません。だから一層、ほかの肉を食べることができなくて、困るわけです。
真空パックの登場で、肉を育てる技術が廃れた
肉の流通は、1979年に真空パックという技術が浸透してから大幅に変わりました。
それまで枝肉を買って精肉屋自身が切り分けていた時代から、小さく切り分けてパックし卸す時代に移行していったのです。
お肉屋さんも飲食店も、好きな部位だけを真空パック詰めにしてもらえる。例えば、もも肉が欲しければもも一本を真空パックで送ってもらう、というように。
真空パックで酸化は止まっていますが、使う際にパックを破った瞬間から酸化は加速します。それだけではありません。最も失われてしまったのは、肉を切り分け、育てる技術と経験です。
それぞれの牛や豚の個体差を見抜き、いかに最高のポテンシャルを引き出して販売するかという智慧が失われていったのです。

サカエヤの牛肉は、噛んでも、噛んでも、口の中からなくなる寸前まで永遠に味が湧き出でて、我々の精神を鼓舞します。「肉を食らっているぞぉ」と、叫び出したいほどのコーフンがある。
どの肉にもその個性に敬意を払った仕事が生きていて、食べる喜びが体中に満ち溢れる。同時に、命をいただくことへの、感謝が湧き上がってきます。そんな肉なのです。
我々人間は、他の命を絶って、育まれている。新保さんは、その意味を常に心に刻んでいる。生きものを食べる尊さを肝に命じている。だから仕事に誠実さがある。
昨日まで生きていた牛のために、誠実を尽くす。その素敵な仕事が、「サカエヤ」にはあるのです。

ひき肉の概念が変わる、サカエヤ「幸せミンチ」
今回GOOD EAT CLUBに数量限定で、サカエヤのひき肉(ミンチ)を提供していただけることになりました。
ミンチは、安価でしか売れない商品です。そのため精肉の中でも、もっともおざなりにされてきました。古い肉やくず肉、ひき肉用に買ってきた肉で売られている場合もあります。しかし新保さんは、そこにも誠実を貫きます。
新保さんは、ミンチにして味が生きる部分を選び、挽き方にもこだわります。つまりひき肉とは本来、精肉店の良心が現れる商品なのです。
今回ひき肉から販売を始めるのは、精肉の底辺にいるミンチを見直してもらい、その価値の高さ、素晴らしさを感じてもらいたいからです。

サカエヤのミンチは、ほとんどをスネとネックから挽いている。枝肉を手当てして水分調整してから挽いていくが、肉によってミンチのサイズを変えているという。また場合によっては2度挽きにしたり、9ミリで挽いてから3ミリで挽きなおす場合もある。
こうして挽く直前の肉のコンディションに合わせて挽いているのです。ここまでやられている精肉屋さんがほかにいるだろうか。
どの肉の、どの部位を挽くか。それぞれの肉や部位の良さを生かすためには、挽く大きさをどのように変えるか。考え抜いて挽かれた、唯一の「幸せミンチ」と言えるでしょう。

料理してみればわかります。挽肉は大抵炒めていくと、嫌な匂いが立ち上がります。だからそれが消えるまで、よくよく炒めないといけない。しかしサカエヤの挽肉は、嫌な匂いが出ないどころか甘い香りが立ち上ってくる。だから、肉の味が生きている状態で加熱を止めることができるのです。
ハンバーグを作ってみても、切った瞬間に、半透明の汁は出てきません。テレビの食レポで「すごい肉汁です!」と、言われるそれは出てきません。あれは脂であって肉汁ではないのです。
サカエヤの挽肉で作ったハンバーグは、肉汁がしっかりと保たれて、なにより肉の香りに満ちています。だからソース無しでもおいしい。

麻婆豆腐を作るときは、先に挽肉を炒めてうっすらと味をつける肉味噌を先に作りますが、これを味見しようとしてはいけません。一度味見をしたら止まらなくなり、麻婆豆腐を作る分がなくなるからです(笑)。
幸せミンチでつくる「牛を慈しむ麻婆豆腐」
今回はサカエヤのミンチを使って、麻婆豆腐を作ってみました。
麻婆豆腐は本来、味が濃く、辛く、痺れる料理ゆえに、肉のうまさというのは感じにくく、補助的な役割になります。
しかし、サカエヤの肉を使った麻婆豆腐は違う。ごはんを呼ぶ濃い味や辛味、山椒の痺れの中から、グングン肉のうまみや香りがのぼってきて、爆発する。肉のうまみを感じるからこそ、対照的な豆腐の優しさが際立って顔が崩れる。
この幸せな時間を、ぜひ体験してほしい。そう思い、今回は麻婆豆腐をご紹介しました。(※麻婆豆腐のレシピは商品ページに掲載中)

麻婆豆腐とは、豆腐を慈しむ料理である。
しかし、「サカエヤ」のミンチを使った麻婆豆腐は、牛を慈しむ。




噛めばまず、牛肉の香りが鼻に抜けて、うま味が広がり、その後から醤のうまみや麻辣の刺激が追いかける。
花椒や一味、豆板醤をたっぷり使ったのに、辛みや痺れが先立たない。甘みは一切入れていないのに、甘く感じるのは、良質な牛脂の香りが溶け込んでいるからなのだろう。
ミンチなのに噛みしめる喜びがある。それがあるからこそ、絹豆腐の優しさが引き立つ。

「今までと違って、こんな品がある麻婆豆腐は初めてです」
同席者の一人がいった。
「僕の想像の3倍は辛味を入れていました、それなのにマイルド」
と、同席した料理人がいった。
そう。すべては牛の力である。
肉を見極め、肉に合わせて挽肉にした誠実な仕事が、この品を生み出すのだ。
そんな品のある「幸せミンチ」で料理をしてみませんか。あなたの挽肉の概念がきっと変わります。
噛みしめるほどに、グングン肉のうまみや香りが広がるジビーフの挽肉。サカエヤの新保さんが肉を見極め、肉に合わせて挽き方を変える誠実な職人仕事が生んだ「幸せミンチ」。一度このミンチを使うと、もう後戻りはできません。