酢橘220kgを手絞り。まぁるい酸味と甘みが心に響く、老舗の味

大正6(1917)年創業。ミナミ・道頓堀にある寿司割烹が英ちゃん 冨久鮓。4代目店主・福田卓司さんが作るポン酢(正しくは“ポン酢醤油”)に、私は惚れている。
「鯛 薄造り」の透き通るような身に、ポン酢をちょんとつけて口に運ぶと……。鯛の淡いうまみと、ポン酢の爽やかな香りと優しいエキスが共鳴し、身の甘みがグッと持ち上がるのだ。
「じいちゃんの代から、同じ配合でつくっているんですわ」


店では年に3日だけ、徳島から届いたばかりの酢橘を絞る日がある。1年分のポン酢の仕込みに使う酢橘は総重量220kg。
工場などに任せて機械絞りにすると、「皮の余計な苦みまで出てしまってアカンのです!」と手絞りに。材料は、酢橘・濃口醤油・みりん、以上。まじりっけなし。
「僕、よそのポン酢を味わったことがなくって」。
自分とこのポン酢に最も惚れているのは、そう、福田さんなのだ。味にうるさいミナミのご常連に愛され続けてきた英ちゃん 冨久鮓のポン酢を、じっくり堪能してほしい。

栽培期間、農薬不使用原材料の醤油、酢、柚子を使った自然派ポン酢。
明治35(1902)年創業、和風香辛料の名門、やまつ辻田。ご主人・辻田浩之さんさんが醸す「実生柚子ぽん酢」には、未来へ残すべき食への飽くなき想いをつくづく感じる。
「化学調味料の後味が残るようなポン酢が嫌で。ほんまもんの原材料だけでつくりました」。手ぬぐいを頭に巻き、作務衣姿の辻田さんは、そうアツく語る。

驚くべきは、主原料となるお醤油、お酢、柚子も、無農薬栽培の原材料を使用しているということ。なかでも味の要になるのが『実生柚子』。
柚子には接木(つぎき)と実生(みしょう)と呼ばれるものがある。実生柚子(みしょうゆず)は、種から育てると実がなるまで18年の年月を要するのだ。

最近、ようやくその名を聞くようになった希少な柚子だが、やまつ辻田では先代から40年以上にわたり、実生柚子を使い続けてきたのがスゴい。
「高知県北川村の農家さんとは長い付き合いです。幕末から続く古い産地であり、昔ながらの自然栽培で育てられた、ゴツゴツとした野生的な実。その果汁は、柚子のなかの柚子とも言える馥郁(ふくいく)とした香りなんです」。そうアツく語る辻田さんは、ものづくりのすべてにおいて食の安全性を最重要視する。
たとえばお酢は、無農薬の新米だけを用いた京都・宮津『飯尾醸造』の純米富士酢。醤油は、MOA自然農法で栽培された大豆を原料にした兵庫・龍野『末廣醤油』の本醸造醤油。さらには京都のだし専門店『うね乃』のミネラル豊かなだし。
原材料をひも解けばそのすべてが、丁寧に作られた極上の品々なのだ。「希少な素材ばかり……」と目を丸くすると、「一番いいもんは残し、次世代へ繋げんとあかんのです」と辻田さんはきっぱり。
実生柚子の清らかな香り、さらには尖ったところが一切ない優しい味がじんわり響き、心が洗われるかのよう。
ポン酢好きが高じて、つくってしまった男の物語

ポン酢を偏愛する料理人がいるのも大阪ならでは。その男の名は、二井靖之。創業1937年、大阪の老舗洋食店・グリル梵を生家にもち、大阪・堂島と銀座でビーフヘレカツサンド専門店・新世界 グリル梵を営む。
せやけど、洋食一筋の二井さんがなんでポン酢!?
「家では料理にも、酒にもポン酢。自称・ポン酢マニアですわ!」と、趣味が高じて生み出したのが、「実生柚子ポン酢(グルテンフリー)」。曰く、「徳島・美波町の“実生柚子”に出合えたからこそ、理想のポン酢ができたんです!」と目を輝かせる。

「実生柚子は、味の濃さも香りもバツグンなんです」。その格式高い香りに醤油のコクや昆布のエキスが混じり合う。鍋でドバドバ使うっていうよりは、一品料理向きですわ二井さん。
「でしょう! 鍋じゃないポン酢の使い方を提案したくって。酒好きのカオリンなら、麦焼酎の湯割りにこのポン酢をちょろっと混ぜてみてください」。作ってみたら、めっちゃうまい! 湯気とともに柚子の清新な風味がふわっと立ち醤油と昆布のエキスが広がる。これはアテいらずなおいしさ(笑)。「グルテンフリー」対応というのも健康に気を遣う方には嬉しいですね。

国産金胡麻の個性がキラリ。胡麻専門店のポン酢
ポン酢好きに伝えたい、そして味わってほしい。大阪の老舗が生み出した味をもう一品紹介しよう。
明治16(1883)年創業。大阪・天満で胡麻をすり続けて100余年。胡麻専門店・和田萬の「大阪ごまぽんず」だ。「あぁ、よくある“ごまぽん”ね」と思うなかれ!

「国産金胡麻はしっかりと直火焙煎し、香ばしさを際立たせています。それをすりつぶすと、せっかくの香りが摩擦で飛んでしまう。だからウチでは、叩いて潰しています」とは和田萬5代目の和田武大さん。
その国産金胡麻が、「大阪ごまぽんず」の味を支える。柚子と酢橘の果汁でマイルドな酸味を際立たせ、たっぷり加えた金胡麻で深いコクをプラス。
「ドレッシングの感覚でサラダや、魚介のカルパッチョに。それと、卵かけごはんに使って食べてみてください! めっちゃうまいですから」。そうにこやかに話す和田さんも、相当のポン酢好きとみた。

大阪人とポン酢との関わりが深いのはなんでやと思います? 「大阪にはなぁ、フグがあるからや」とは、ミナミにある名割烹のご主人談。
つまり、フグを食べる習慣や(大阪はフグの消費量日本一!)、ちり鍋などで味わう、白身の淡白なうまみを引き立てるには、さっぱりとした味わいのポン酢が、昔から欠かせなかった。
また、比較的温暖な気候の西日本では、酢橘や柚子など柑橘系の果実が栽培され、馴染みが深かったのだろう。そんな大阪人が、愛してやまないポン酢のスゴみを、ぜひご家庭で味わってほしい。
ポン酢のルーツはオランダ?
ポン酢(ポンス醤油)のルーツを少しだけ語ろう。
「ポンス」というのはオランダ語。橙の絞り汁に焼酎と砂糖を入れて溶き合わせた飲み物が始まりと言われている。柑橘類の絞り汁であるポンスが、醤油と出合い「ポンス醤油」が産声をあげたのは、明治以降。
諸説あるが、下関でふぐ料理が食べられていたことや、橙の産地が近くにあったことで、ポンス醤油が普及したのではないかと言われている。




まぁるい酸味と優しいコクが広がるスッキリした濃い味わい。ドレッシングの感覚で使うもよし、焼酎のお湯割りに垂らすとアテいらずなおいしさ!