大正初期に創業。「掛合料理」を楽しませるミナミの寿司割烹

割烹は大正時代、大阪で生まれたとされている。実利を重視する浪速の商人たちは「自分たちが食べたいものを、好みの料理で食べさせてや」といったように、自分好みにカスタマイズしてくれる割烹を愛したのだろう。
客と板前との掛け合いの中から、料理が決まるから「掛合(かけあい)料理」とも呼ばれた。漫才のボケとツッコミの掛け合いじゃないけれど、人と人との結び付きを重んじる、しかも味にうるさい大阪人がこよなく愛する食の文化が割烹なのだ。

ミナミ・道頓堀川近くに、季節料理はもちろん握りも楽しませてくれる寿司割烹がある。 大正6(1917)年に創業した英ちゃん 冨久鮓。
私が初めてこの店の暖簾をくぐったのは、ミナミのスナックでアルバイトをしていた20代の頃。たとえ時代が変わろうとも、同じ場所でずっと変わらない……。そんな帰ることができる店がある。飲兵衛にとって、これほど幸せなことはない。

BGM が一切流れないフロアには静けさが漂い、シャッシャッ……と旬の魚をさばく包丁の音が心地よく響きわたる。ときには、ミナミらしい快活な客の賑わいもあるけれど、どこかピンと背筋が伸びる空気感が私にとっては堪らなく気持ちいいのだ。
「今日なんかえぇのん入ってます?」「脂しっかりのった明石の鯛、ありますわ」「ほなそれ、薄造りで」「あいよっ!」。そうしてご主人・福田卓司さんは、鯛を割きはじめる。まさに、 掛け合いから生まれる調理場の臨場感に、心底ワクワクさせられるのだ。

分厚い〆鯖を棒鮨に。食べごたえも値頃感も抜きんでている

若きスタッフを率い、厨房を仕切る福田さんは「ひい爺ちゃんの代から商いをはじめ、 僕で4代目ですわ」。そうにこやかに語る。実は2020年に父から代をバトンタッチしたという。
福田さん、何か新たな挑戦を? 「いえ、僕は新しいことを一切やらない主義。 先代、そして先輩から受け継いだ歴史を守り続けることが、最優先ですわ」と眼差しはアツい。
それは、店で仕込むポン酢の配合や混ぜ合わせる順番ひとつ。また、シャリの米の選別や酢加減に至るまで「味づくりのすべてにおいてです」。

なかでも私がこよなく愛する、名作のなかの名作が「〆鯖の寿司」。
「鯖は、2代目の時代から付き合いのある、黒門市場の魚屋で、その都度いいもんを仕入れさせてもろてます」。この日は大分より。塩をして丸1日寝かせて、塩抜きに半日、さらには酢締めに半日かけ1日寝かせ…と、完成までに3日という手間のかけよう。
口に運べば、鯖の脂のうまみがジュワリと押し寄せ、シャリの優しい甘みを包み込む。そして大葉の爽やかな風味がスーッと広がるのだ。日本盛の「惣花 純米吟醸」を冷酒でクイッと。すっきりとした喉越し、じんわり広がるコクにより、鯖の清々しい風味がなおも続くのだ。

その3日仕込みの〆鯖を使った「松前鯖鮨」。持ち帰りメニューとして、昔から愛されている名物を、「GOOD EAT CLUB」で限定販売していただけることに。
竹皮に白板昆布をのせ、分厚い〆鯖、関西ならではの少し甘めのシャリをのせて包む。巻きすを使って型取ったなら、竹皮にギュッギュッと圧力をかけ、まな板の上でクルクル回転させながらさらに体重と全神経をかける。
「シャリに含んだ空気をしっかり抜きます。そうしないと食べ頃の翌日に、米そのものが硬くなるから」。リズミカルとも取れる無駄のない所作も、指先の動かし方も「技を見て盗め、やないですけど、先輩方がやってた通り。何一つ変えていません!」
見よ、この厚みのある鯖を! 断面がくさび型なのは、血合いを丁寧にとっているから。

12切れにカットしたら再び竹皮に包んで完成だ。ずっしりと重量感ある「松前鯖鮨」 は、2〜3 人で食べても満足いくに違いない。 食べ頃は製造日から翌日と翌々日。
米酢に塩、砂糖を加えたほんのり甘い関西風のシャリに、肉厚な鯖の清々しい風味と脂のうまみがほとばしる。もう飲み込みたくない!って思うくらい 口福の時間は長い。
「これめっちゃくちゃ値打ちあるわ」と感じさせるボリュームと価格。これぞ老舗ならではの矜持! 英ちゃん 冨久鮓のご常連に愛され続けてきた、 代々受け継がれる名物「松前鯖鮨」を、ぜひご家庭で。
厚みのある〆鯖は脂の甘みをしっかり感じ、ほんのり甘めシャリとの見事なバランスは、まさにうまみのパラダイス! ずっしりくるボリュームもスゴい。