京都を代表する老舗が本気で挑んだ「ラーメン」
明石の鯛の刺身を作った際に出る骨やアラを無駄にせず、強さと繊細さを併せ持つ究極のだしをひいた。そんなサステイナブルな取り組みも、日本料理を未来に繋ぐべき理由なんだと思う。
また「ラーメン」という誰もがアクセスしやすい商品も、『UMAMI』を広めていくためにとても有効だ。なによりこのラーメン、どこにもないし、とにかく最高においしい!(楠本)

この「鯛ラーメン」を発表して以来「瓢亭がラーメンを、しかも鯛のだしで作った!?」と驚かれています。“400年の歴史を持つ老舗料亭”と“ラーメン”との間にギャップがあるのでしょうね。でも、実は私の中ではごく自然な発想でした。
というのも、うちの店では年間を通じて明石の真鯛のお造りをお出ししています。当然、骨やアラが大量に残るので、以前から骨の際の身をせせって「でんぶ」を作ったり、だしをひいたりしていました。ですから、ラーメンに仕立てればそのだしを存分に味わってもらえる、と考えたんです。
しかも、ラーメンは今や日本の国民食。お子様からお年寄りまで、幅広い層の皆さんにご自宅で手軽に楽しんでいただけるものをつくろう! と思いました。

ラーメンのためのだしのひき方を研究
だしのひき方は、いろいろあります。塩をあてて余分な水分を出してからひく、あるいは焼いてから、塩麹をまぶし麹の力でうまみを増幅させてからなどなど。
今回、「鯛ラーメン」を作るにあたっては、天日干しした骨を使ってみました。今までやったことはありませんでしたが、干すとうまみが凝縮される。それがラーメンスープのベースに合うのでは、と思ったんです。
夏場なら2〜3日、冬場は1週間程度。季節や天候によって、干す期間を調整しています。これを軽く焼いてから、低温で焼いたトマトやセロリの葉、葱や生姜とともにじっくりと抽出。あくまで“和”の趣は大切にしたいこともあり、ニンニクは使っていません。
また、グラグラと煮立ててしまっては白濁してしまうので、ゆっくり滞留する程度の火加減を保ち、仕上げにこす。うっすら色づきながらもあくまで透明感ある、極上の鯛だしの完成です。

鯛+貝、うまみを重ねた和のダブルスープ。
この鯛のスープとは別に、貝のエキスも別袋で添えています。こちらは、アサリと干し貝柱をゆっくり煮出して詰めたもの。魚のうまみである「イノシン酸」に貝類のうまみの素である「コハク酸」を加えることで、より重層的な味わいになります。また鯛のスープだけですと魚の風味が前面に出すぎるので、それを中和させる役割も果たしています。
「スープを味わうための麺」を求めて。
さて、スープと並ぶもうひとつの主役は、やはり「麺」。これは、同じ京都にある、昭和6年創業の製麺会社「麺屋棣鄂(めんやていがく)」さんにお願いしました。夏の煮物椀でお出ししている「にゅうめん」のイメージで、「スープを味わうための麺」という考え方に基づいて、細いものをリクエストしました。
小麦粉のブレンド比率などが異なる6種類のサンプルを作っていただき試食を重ねた中から、短時間で茹でられ、かつ、すすったときの心地よさ、歯切れやのどごしの良さも加味。最終的に、低加水の極細麺に決定しました。
麺も具材も“オール京都”
具材に関してもこれまでにない味を、と心を砕きました。鯛をかたどった「鯛焼き麩」は、錦小路にある生麩専門店「麩嘉」さんによるもの。もともと、「麩嘉」は料理屋のオーダーに応じて中身入りの生麩を作っていらっしゃるので、その技術を生かして鯛味噌入りの生麩を作っていただきました。
また、塩麹漬けにした切り身は、従来おせちに入れているもの。ラーメンに欠かせない油脂分として「柚子オイル」もつけました。こちらは、鯛のお造り用にお店で作っているトマト醤油に使われているものです。さらに「黒七味」を振ると、味わいが引き締まってインパクトが増します。
瓢亭の威信にかけて作り出した1杯。
店でお出しする一番だしは、上質な昆布とまぐろ節だけで取るのが瓢亭の伝統です。が、今回「鯛ラーメン」にはそれを持ち込まない、と決めていました。
昆布もまぐろ節も今や貴重な食材ですし、その味はやはり懐石料理を通じて体験していただきたい。また、こだわることにこだわりすぎると無理がきかないし柔軟性がなくなるので、敢えてそこから離れて考えたかったのです。
でも、これまで店でやっていた様々な仕事がこの1杯に集約された! という商品が出来上がったと思います。仕事柄強い味の食べ物を控えているため、私自身はラーメン屋さんでラーメンを食べる機会はあまりないのですが、これは自分でも食べたいと思う味に仕上がりました。
瓢亭の技の結晶ともいえるこの「鯛ラーメン」を通じて、鯛のだしのうまさを知っていただいたり、懐石料理の世界に少しでも関心を持っていただけたら、こんなに嬉しいことはありません。
